子供への虐待やネグレクト・・・加害者のほとんどは「母親」という実態

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7月1日、宮城県仙台市で25歳の母親が2歳11か月の女の子を数日間自宅に放置して死なせたとして、保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕されました。
調べに対して、母親は「子育てに疲れて、一人になりたかった。3日間くらい家に帰っていない。」と話ししています。

このような、育児放棄(ネグレクト)や虐待による子供の死亡率は年々増え続けています。

一体なぜこのような世の中になってしまったのでしょうか?
私自身の周りで起こった経験も踏まえながら、原因と解決策を探ってみました。

加害者のほとんどは「母親」

厚労省は、平成29年度に集計した全国児童相談所における児童虐待相談対応件数を13万3778件(前年度比1万1203件増)と公表しています。
これは、過去最多で、統計を取り始めた1990年度から27年連続で増加しています。

また、以下のグラフは子供の虐待防止活動をしている”認定特定非営利活動法人 児童虐待防止全国ネットワーク”が平成29年に集計した虐待などで子供が死亡した事件の加害者統計です。

どの年度も、一番多い割合を占めているのが「実の母親」になっています。
自分のお腹を痛めて産んだ我が子を、実の母親が傷つけるのはなぜなのでしょうか?

原因は「余裕がない」親たちの増加

「余裕」とは分かりやすいところで言えばお金の問題です。

お金がなく、生活が苦しく、ふさわしい相談相手も見つけられずに、行く先のない焦りや怒り、恐れが、虐待という形で子どもにぶつけられてしまう。
収入格差の広がりや共働き世帯が増えるなどの社会的な変化も、虐待を増加させる一因となっているのでしょう。

また、最近耳にする「ワンオペ育児」という言葉が象徴するように、何らかの事情によって一人で育児を行うしかなく、時間・体力・精神力ともに余裕がなくなり、やはり相談相手が見つからないことで、虐待にいたってしまうというケースもあるようです。

核家族化が進んだことや地域のつながりが希薄になったことで、子育てが孤立し、孤独を感じる母親が増えたという面もあるかもしれません。

様々な理由や事情はあることでしょう。

でも、子供は愛されるために産まれてきます。
罪のない子供の命を奪ってもいい親の理由や事情なんてものは、絶対に存在しないと私は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心に傷を受けた子供の未来

様々な苦しい背景を抱えて育った子供は、どうなると思いますか?

これは、私の身近で起きた話です。

私の親友は、幼いころからパン屋さんになりたいという夢を結婚相手のご主人と叶え、夫婦で小さいお店を開いていました。
ところが、結婚して間もなく、彼女のご主人は精神疾患を発病したのです。

ご主人の父親は子供の頃に浮気相手と家を出ていき、精神的に追い詰められていた母親に彼は殺されかけたという過去がありました。
母親だけが亡くなり、幼かった彼には母親に殺されかけた記憶しか残りませんでした。

大人になってからは、海外へ一人でパンの修行に行くほど活動的だったご主人。
でも、歪んだ愛情の中で育った彼は、結婚して心を許して甘えることの出来る相手が出来たことで発病したのです。

発病した彼は、親友に異常なほど依存し、束縛し、精神的に追い詰め続けて、彼女を死へ追いやりました。
そして、彼女に依存していたご主人もまた自殺して亡くなりました。

この出来事の後、一体どこから何がいけなかったのか私自身何度も考えました。

「どうして助けられなかった?」「どうして逃げなかった?」「どうして命が尽きるまで頑張り続けた?}

彼女を死に追いやったご主人を責める気持ちはもちろんあります。
でも、彼もまた被害者でした。

愛を知らないで育つということは、愛し方を分からなくさせるのです。

よく、虐待やネグレクトの中で育った子供が、大人になった時に自分も同じことを繰り返すと言われています。
もちろん、大変な境遇の中で育った全員がそうなる訳ではありませんが、連鎖していく可能性は高いのです。

彼女のご主人が、もし愛のある中で育っていたならと思うと、私は今でも涙が止まりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に必要なものとは

子育てに関する相談窓口や児童相談所という逃げ場は準備されていますが、それらはどれも根本の解決策ではありません。
結局は、いつの時代も変わらず必要とされているのは「愛」であって、それが満たされなければ解決はないように思います。

子育てにはもちろん、人として必要とされる「愛情」や「絆」は、どうやったら手に入れられるかを考えてみました。

結局のところ「愛」とは心に余裕がなければ、持つのは難しいように思います。
そして、「心の余裕」を持つ為には日常の生活に心配がないことが必要です。普通の日常を過ごす為には、やはり「お金」がなければなりません。

お金が全てだとは思いませんが、「ある程度の幸せはお金で買えるもの」と言う私の母の言葉の意味が、今なら理解できる自分がいます。

まとめ

私の両親は、よく「生きにくい時代になってきたね」と言います。
でも、時代のせいにしたところで、それでも私たちは生きていかなければいけないし、大切な子供を守っていかなければなりません。

綺麗ごとなしに、幸せになる為にはお金が必要ならば、まずは時代に合った情報を仕入れ、アンテナをはることが必要です。
働き方やお金の稼ぎ方というのは、時代で変わるものだからです。

結局のところ、お金を稼ぐということは、人として大切なものを忘れない為の手段の一つなのではないでしょうか。

世の中の多くの親たちが子育てを楽しめる毎日を送れること望みます。

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